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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)47号 判決

原告

八木敏夫

被告

特許庁長官

右当事者間の昭和60年(行ケ)第47号審決(特許願拒絶査定不服審判の審決)取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が、昭和60年1月28日、同庁昭和58年審判第5136号事件についてした審決を取り消す。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

原告は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和51年11月15日、発明の名称を「水中プロペラの翼」とする発明について特許出願(昭和51年特許願第137067号。以下「本件特許出願」という。)をし、同年12月20日に図面の補正、次いで、昭和52年2月1日及び昭和56年7月27日に明細書の補正、更に、同年7月27日及び昭和57年11月13日に意見書の提出、更にまた、同月17日に図面の補正をそれぞれしたが、昭和58年1月13日、拒絶査定を受けたので、同年3月22日、これに対する不服の審判(昭和58年審判第5136号)を請求するとともに、昭和59年3月21日に意見書の提出、次いで、同年4月15日に右意見書の語句の訂正をそれぞれしたけれども、同年8月17日、特許法第159条第2項において準用する同法第50条の規定により同年7月30日付の拒絶理由(以下「本件拒絶理由」という。)の通知が発送され、その後、昭和60年1月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年2月27日原告に送達された。

2  本件審決理由の要点

本件特許出願は、前項記載の発明に関するものであるところ、これに対して、昭和59年7月30日付で、本件特許出願はその明細書及び図面の記載が不備で特許法第36条第4項及び第5項に規定する要件を満たしていない旨の本件拒絶理由の通知をしたが、依然として本件拒絶理由で指摘した点は解消していない。したがつて、本件特許出願は、本件拒絶理由によつて拒絶すべきものである。

3  本件審決を取り消すべき事由

本件拒絶理由の通知は、昭和59年8月17日、住所を「千葉県旭市足川3901」として原告あてに簡易書留をもつて発送され、翌18日、原告の父八木重雄がこれを受領し、直ちに当時「千葉市小中台町877―236農林水産省宿舎」に居住していた原告あてに普通郵便をもつて転送したが、郵便物事故(不着)のため、原告は、現にその送達を受けておらず、本件拒絶理由の通知が発送されたことは本件審決謄本の送達を受けてはじめて知つたものである。したがつて、本件審決は、特許法第159条第2項において準用する同法第50条の規定による拒絶理由の通知をして原告(請求人)に意見書提出の機会を与えることなく、本件特許出願を拒絶すべきものとしたのであるから、違法として取り消されるべきである。この点に関する事情を述べると、原告は、住所を「千葉県旭市足川3901」として本件特許出願をし、その後、住所を変更したのに、特許庁に特許法施行規則第9条所定の住所変更届を提出しないでいた間に、前記郵便物事故に遭遇したものであつて、住所変更届を提出しなかつたことには原告にも落度はあるが、昭和59年9月頃には肩書住所に転居する予定にしていたので、転居後に住所変更届を提出するつもりでいたところ、いろいろの事情があつて実際に転居することができたのは昭和60年2月になつてからであり、この間に本件拒絶理由の通知が発送され、原告には何ら責任のない前記郵便物事故により本件拒絶理由の通知を受領し得なかつたものであつて、郵便局の調査によつても事故に遭つた郵便物を発見することができなかつものであり、しかも、右郵便物事故がなければ、原告は、本件特許出願に係る明細書及び図面を十分に補正し、特許権を取得することができたものであるにもかかわらず、本件審決が取り消されない以上、10年間の努力の結果である特許権取得の機会を奪われ、重大な損害を受けるものであり、また、本件審決を取り消し、原状に復帰させても、このことは、原告と特許庁との間の問題にとどまり、第三者には何ら関係のないことであり、このような事実関係のもとにおいては、本件審決を取り消して、原告に特許権取得の機会を与えるのが相当である。

第3被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

1  請求の原因1及び2の事実は、認める。

2  同3の主張は、争う。本件審決に原告の主張するような違法の点はない。すなわち、原告は、住所を「千葉県旭市足川3901」として本件特許出願をしたものであるところ、たとえ、その主張の転居をしたとしても、その旨の住所変更届を提出していなかつたので、本件拒絶理由の通知は、特許法190条において準用する民事訴訟法第172条の規定により、右住所の原告あてに書留郵便(中央郵便局受付昭和59年8月17日同局引受番号第100乙887号)をもつて発送され、昭和59年8月18日、千葉県旭郵便局から右住所に配達されたものであつて、原告に対し適法に送達されたものであり、したがつて、原告の主張は、失当である。

第4証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

1  本件に関する特許庁における手続の経緯及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

2 原告は、本件審決は、原告に対し拒絶理由の通知をして意見書提出の機会を与えることなく、本件特許出願を拒絶すべきであるとしたものであり、違法である旨主張するが、次に説示するとおり、本件審決に右の違法はなく、原告の主張は、理由がないものというべきである。

特許法第50条(同法第159条第2項において準用する場合を含む。)に規定する拒絶理由の通知は、特許法第189条に定める送達すべき書類に当たらないから、送達の方式によることを要せず、その規定の文言どおり適宜の方法により特許出願人に拒絶理由を通知すれば足りるものと解すべきところ、これを本件についてみるに、原告は、住所を「千葉県旭市足川3901」として本件特許出願をし、その後住所を「千葉市小中台町877―236農林水産省宿舎」に変更したにもかかわらず、特許法施行規則第9条第1項の規定による住所変更の届出をしなかつたこと、そのため、本件拒絶理由の通知は、昭和59年8月17日、原告あて、本件特許出願の願書に記載された同人の住所である「千葉県旭市足川3901」に書留郵便をもつて発送され、翌18日、原告の父八木重雄が右住所において右郵便物を受領したものであり(このことは、原告の自認するところである。)、右事実関係のもとにおいては、本件拒絶理由の通知は、通知をなすべき場所において同居者であつた原告の父八木重雄に交付されたものであつて、遅くとも右交付の日である昭和59年8月18日には原告は本件拒絶理由を了知し得る状況にあつたものというべきであるから、本件拒絶理由は、原告に対し適法に通知されたものであり、したがつて、本件審決は、特許法第159条第2項において準用する同法第50条の規定に定める手続を履践したうえでされたものというべきである。原告は、その主張の郵便物事故により本件拒絶理由の通知を受領していないから、本件審決は右手続を履践したうえでされたものとはいえない旨主張するが、たとえ、原告主張の郵便物事故により原告が本件拒絶理由の通知を受領しなかつたとしても、右郵便物事故は、前示のとおり本件拒絶理由が原告に適法に通知された後に発生したものであるから、本件拒絶理由の通知をもつて違法とする理由たり得ないものであり、したがつて、原告の右主張は、採用することができない。更に、原告は、住所変更届を提出しなかつたことには理由があること、郵便物事故は原告には何ら責任のないものであること、及び本件審決が取り消されないと、原告は重大な損害を受けるものであることなどを主張するが、仮に、原告の右主張のとおりであるとしても、そのゆえに本件拒絶理由の通知が違法となると解すべき理由はなく、したがつて、原告の右主張も、採用の限りでない。

(結語)

3 以上のとおりであるから、その主張の点に違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(武居二郎 杉山伸顕 清永利亮)

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